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「記憶」と「記録」 私たちは何を引き受け、どう生きるのか?

ここに2011年からのある「記憶」が書き綴られている。
これらの「記憶」は「記録」となって、後世まで残っていく。

「記憶」を直接持っている私にとって、すべての「記録」は、その当時の思い、匂いや汗、涙や息遣いを思い起こさせる。
どれも「言葉」では表すことのできない、大量の何かだ。

もしかするとそれらは「言葉」で残すことはできないのかもしれない。
いや「言葉」で残すべきではないのかもしれない。
新型コロナウィルスがやってきて、それを身をもって確信した。

例えば言葉がなかったら、
「新型コロナウイルス」という言葉がなかったら、
社会の混乱は最小限であったと思う。

ただ人が死ぬ。いつもと違う具合に死ぬ。ただそれだけだ。

しかし「言葉」がなかったら、2011年からのPartnerとの出会いは、
太古から受け継がれてきたさまざまな知恵は、
生活するために必要な情報は、
この複雑になった社会では、うまく手に入らなかっただろう。

人間が言葉を使い始めてから、7万年くらい経つと言われる。
ホモ・サピエンスが進化を始めたのが20万年だから、「言葉」というようなものを使ってやりとりをするようになってからの人生の方が短い。

言葉に頼り切る前は、歌や詩、「言葉にならない言葉」であらゆるものを継承していた。

森や海と一緒に生きていた。
動物や虫と一緒に生きていた。
ヒトとも一緒に生きていた。
体も心も精神も、お互いに浸透しあっていた。だから言葉は少なくていい。

私たちはいつからか、「言葉」に囚われるようになってしまった。

若者は「不要不急の外出」をすることによってのみ、
世界がどうなっているかを把握すべき年頃であるのに、
社会は言葉によってそれを閉ざしてしまった。

人々は「不安を煽るな!」と口にすればするほど、自らを不安に陥れていった。
SNSには「嘆き」と言う名の、「任せたのに文句を言う」輩が溢れかえった。

私たちは自分の人生を引き受けることができる。
引き受けることに積極的になることができる。
受動的であることに能動的になれるのだ。

ジョン・デューイに直接学んだ日本キャンプの父、小林弥太郎は、
希望に満ち溢れた前半生を、Learning By Doingを実践しながら、文字通り奔走した。

過度に能動的だった。

しかし絶望の淵で、精霊から言葉にならない言霊を受け取った小林は、
後半生をBeingの構えで生きた。

ただ教会に通い、徹底的に「待つ(=受動的)」ことに「積極的(=能動的)」だったのだ。

この誰にも理解されなかった小林の後半生に、私たちが「引き受ける」何かがある。

これまで延べ590名の子どもたちが余島を経由して飛び立っていった。

本当に多くの方の支援のもと、たくさんの子どもたちを余島に招待することができた。

そこでは若者が、子どもが、支援者が、試行錯誤しながらキャンプを過ごした。

「記憶」が確実に自分の内部に宿っている人たちは、いつしかまた言葉でその記憶を世に出してくれるかもしれない。

そしてその「記録」に触れ、何かを呼び覚まされた人は、新たな「記憶」を生み出して欲しい。

後から見たときに、それらの「記録」に触れ、そこに息づく「記憶」を感じ、
自分の中にある同じようなものと呼応させることで、継承するものが現れる。

それはもしかしたら、私たちと同じような人間ではないのかもしれない。
それでも「内なる光」は継承され、子々孫々にまで引き継がれる。

多くの死の上に成り立つ私たちの生は、「不在による存在」によって支えられている。

何かを記録し、記憶することは、私たちの勤めなのだ。

キャンプディレクター 阪田晃一