One Camp. Microcosm of the real world. est in YOSHIMA

One CampReport 2018

2018.7.27(FRI) - 31(TUE)

Report キャンプレポート

様々な背景を持った参加者がそれぞれの場所から余島を目指し、昼過ぎにようやく皆が揃いました。余島の桟橋には「ようこそ!」と太鼓をたたいて迎えてくれるたくさんの人がいました。着いた瞬間走り出したり、さっそく海に飛び込んだり、カヌーに乗ってみたり、部屋でゆっくりしたり、散歩をしたり、余島のいろいろなところから話し声や笑い声が響き、みんなの緊張や不安がだんだん期待や楽しさに変わっていったようでした。

キャンプ2日目。初めて余島で迎える朝は晴れ渡っていました。カヌーやカヤックに乗って反対の浜を目指したり、余島を探検したり、楽器をひいたり、キャビンでゆっくりしたり……みんな思い思いの過ごし方を楽しんでいました。ご飯は余島にいる全員が食堂に集まって、いただきます。途中参加の新たなメンバーも加わって、余島のどこに行っても誰かがいる、とても賑やかなキャンプ場でした。

キャンプ3日目。まさかの逆走台風が余島を襲いました。もちろん外には出られないし、食料やスタッフさんは余島までたどり着けませんでした。台風の時の過ごし方を確認して、少し風がおさまった時に大研修室に集まり歌を歌ったり、One Campの旗を作ったりしました。北京から参加した子どもたちと出し物を披露しあい、お互いの文化を感じる時間となりました。台風のおかげで「自然のこわさ」を体感し、その試練を、同じ場所で風をしのぎ乗り越えたことで距離がグッと近づいた気がしました。

3日目の朝、台風が過ぎ去るのを待ちながら、食堂にいたみんなで腕相撲をして盛り上がりました。腕相撲は2人でやるものですが、楽しいのは2人だけではなく、それを見守る周りの人たちも自然と笑顔になれる楽しい瞬間でした。外は台風でも"Camp is fun"でした。

今回One Campには、身体的、心理発達的、そして社会的に異なるバックグラウンドを持つキャンパーが参加しました。海で遊ぶ人、海を眺める人、エンジェルロードを歩く人、貝殻を拾う人、海の中で遊ぶ人。様々な過ごし方が、その多様なバックグラウンドを表しているようでした。同じ場所にいて、自分の好きなことをしながら、似たような気持ちになる。そんな時間がゆっくりと流れるユニットの時間でした。

キャンプ4日目の最後の夜は、パーティーをして過ごしました。パーティーに並ぶご飯は、お昼過ぎからみんなで準備に取り掛かかった大作ばかり。北京から参加した子どもたちと本場の餃子づくり!は盛り上がりました。夕方にはたくさんの食べ物がグランドに並びました。特別ゲストのジャズ演奏を楽しみ、みんなでゲームをしたり、歌を歌ったり、様々な人と会話を楽しみました。だんだん暗くなっていく空を見て、キャンプが終わる寂しさを抑えられませんでした。

総勢約150名がファイヤー場をうめつくしました。暗闇の中、一点の火を見つめ、それぞれがキャンプをふりかえります。「ぜひ、キャンプの感想をみんなに聞かせてください」。キャンプディレクターのその言葉を受けて、束の間の沈黙ののち、1人のキャンパーが立ち上がりました。「キャンプ、本当に楽しかった!来年も絶対来たい!」彼に続くように、みんなが思いを伝えていきました。「最初は不安だった。でもキャンプが本当に楽しくて、今は国に帰りたくない」。涙ながらに話す北京から来た女の子の言葉は、中国語でしたが強く私たちに伝わりました。言葉の壁を越え、私たちがひとつであると感じた瞬間でした。

キャンプ5日目。最後の朝、みんな余島を離れる寂しさと家に帰れる嬉しさが入り混じった様子でした。最後に海のホールに集まって、5日間歌い続けたたくさんの歌を歌いながら、キャンプの終わりに向けてそれぞれが心の中の大きなうねりを、自分のものにするために一生懸命噛み砕いています。Michaelを歌いながら、真っ黒に日焼けしたキャンパー達はそれぞれの帰路につきます。余島からの船出は「ありがとう!」と「また会おうね!」でいっぱいです。キャンプで出会った仲間と別れる寂しさを噛み締めながら、キャンプが終わっていきました。

©One Camp実行委員会

One Camp 思い出会 12月2日 千刈キャンプにて(兵庫県三田市)

夏のキャンプの思い出会として実施したデイキャンプには、約20人のキャンパーが集まりました。みんなで火を起こし、手作りのピザを焼きました。生地を用意したり、薪を集めたり、食材を並べたり、それぞれ得意な分野を活かして動きました。中には、別のデイキャンプに来ている小学生のところへいき、薪を集めたり火起こしを手伝う人もいました。

また、ひとりひとりが持ち寄ったマシュマロやクラッカーにアレンジを加えて、焚き火を囲んで団欒を楽しんでいました。One Campから約5ヶ月が経ち、久しぶりの再会となり、さらに仲を深めることができて、とても楽しい1日でした。解散の時、「また来たい」「次はリーダーになりたい」という声もありました。このキャンプが来年もその先もずっと続いて、続けるために自分もできることをしたいと思いました。

Message キャンプディレクターより

このホームページを様々な角度から、皆さんの好みの通りにご覧いただくと、もしかするとOne Campの世界観が伝わるかもしれません。

同調圧力と高すぎる共感性によって、窮屈な暮らしをしているすべての人のために、このキャンプは存在しています。

そして、戦後の日本の民主主義を推し進めてきた先人たちに、このキャンプを捧げます。

ある一人のキャンプディレクターは、戦争から帰ってくると「共に生きる」という問いに立ち向かうべく、組織キャンプにその答えを求めました。

ある時キャンプディレクターは、共に志を持ってキャンプを作っていた若者たちから、こんな問いを受けました。

「戦争で一番大変だったことは、どんなことだったのでしょうか?」

しばしの沈黙の後、
「私は上海で終戦を迎えた。連合軍の捕虜となった私たちは、しばらくそこに滞在することになった。その時、部下のうちのある者は、今すぐ連合軍を殺して自分も死ぬと言っていた。そしてある者は、もともと戦争になんて来たくなかったのだと日本に帰るのを心待ちにしていた。そしてある者は、生きて日本には帰れないと言っていた。私は、隊長として部下たちに、いったいどんな声をかければいいのか。それに心を砕いたのだ」

それまで和気藹々と語り合っていた若者たちは、しんと静まり返り、その言葉の重さを噛み締めたそうです。

「多様性を認め、受容する社会を実現する」
私たちはこれからも、キャンプを通して、この「自由」を追い求めていきたいと思っています。

Camp Director 阪田 晃一

Voice 保護者、参加者、支援者の声

保護者佐脇さんより

私の息子は、生まれたときから下肢に麻痺があるため、普段中学校では車イスを使ったり、人に支えてもらって移動しています。そんな息子にOne Campのお誘いを頂いてから、今もずっと”One”の意味を考えています。小学生の時に参加した余島キャンプのリーダーの一人が、息子との体験をきっかけにOne Campのアイデアを発案してくれたそうです。とてもありがたいです。

私は当初、どんな年齢の人も、国籍の人も、身体や心の状態の人も一つだと捉えてもらって参加させてもらえるキャンプで、とても画期的だと感激していました。一方で、サポートする側の負担がとても心配でした。移動には支持が必要ですし、荷物も持ってもらわないといけません。身長も体重も私よりも大きいです。余島の地形や設備を考えるとサポートする方の負担は多大で気の毒でなりませでした。

ところが、One Campから息子が一回り成長して帰ってきてから一週間後に、サポートしてくれたリーダーにお会いする機会がありました。そこで、はっと気づきました。息子のサポートは、さぞかし大変だったでしょうと彼女に言うと、彼女は「One Campの達成感と充実感が半端なかったです。今はふぬけ状態です」と、さらっと言のけました。移動のサポートは大した負担ではなくそれ以上に、大きな意味のある体験をされたようにうかがえたからです。その言葉に救われたと同時に私が勝手に、Oneの中に、サポートされる側とする側にはっきりとした境界があると認識していたのに気づきました。 Oneの中に境界があると、もうそれはoneでなくてtwo以上になるのです。境界がないと言う事は、中の人は皆繋がっていると言う事です。息子は、社交的でユーモアがあって、大抵の人と直ぐに繋がることができます。移動には、サポートが必要ですが、人と人を繋ぐことでは誰かをサポートしているのかも知れません。

私達がどんな条件にあったとしても、他の人や自然と繋がる事で、安心感を感じ、安心感があるから新しい発見が出来、成長できる。One Campはそんな素敵なことを実現してくれるまったく新しいキャンプだと思います。実現して下さったディレクター、リーダー、サポーター、参加された皆さんに心から感謝をしております。

参加者百合さんより

One Campには途中から参加しました。
最初は結構緊張しました。でも、One Campの子たちはみんなとても優しい子ばかりだったので、ホッとしました。
なかでもリーダーだったまりなちゃんがいつも私のそばにいてくれました。
とても面倒見が良い人でした。すぐ仲良くなれました。
その後も、いろんな所を一緒に回ってくれて、楽しい時間を過ごせたし、
良い思い出を作れたなと思います。
ありがとうまりなちゃん!
そして、キャンプに参加したのは生まれて初めてだったので、とても良い経験ができたなと思います😊
ありがとう、One Camp、それからOne Campのみんな!
また、いつか参加できたら、参加したいと思います。
ありがとうございました!

参加者えみりさんより

私はOne Campに2泊3日で参加しました。
1日目は少し緊張して人見知りをしてしまいました。けれど、2日目になるとCampの人達としゃべったりして様々なアーチェリーを楽しみました。台風が来て午前中は外で遊ぶことができませんでした。ですが、Campの仲間と一緒にカルタなどを楽しめました。
私は今、反省をしています。人見知りを無くしたら良かったのにと……。
Campは初めてでしたがOne Campで良かったです。1年の中でもとても大切な思い出になりました。次もまた行きたいです。

参加者WAPコーポレーション/カレッジ・アンコラージュ 海老口 恵子さんより

この度WAPコーポレーションからエコールKOBE 2期~4期の卒業生3名が大変お世話になりました。

出発前に新長田まで阪田所長にお越しいただき、このキャンプの説明をしてくださったことで、ご本人とご家族共にYMCAのキャンプにはとても感心をもたれ、キャンプ当日を心待ちにしておられました。

当日は、新神戸駅でお見送りをすることができませんでしたが、キャンプ最終日のお迎えにアンコラージュの職員が行かせていただきました。真っ黒に日焼けした3人が「ただいまあ~!」と元気にスタッフに挨拶をしてくれたと報告を受けました。

その場で直ぐに話をいっぱいしたくて仕方のなかった平山さんは、キャンプ2週間前から現場実習に参加しておりキャンプをとても楽しみに日々の実習に励んでいたようです。帰ってきた次の日からも実習に元気に行っており8/10まで1日も休まず皆勤です。
佐藤さんは言葉数が多くない方ですが、Tシャツをアンコラージュに着て登校するなどし、思い出をゆっくりと表現されています。
下村さんはお母様から、「楽しかったことが日焼けからうかがえます」と、来年の参加を希望されておられます。

3名の5日間の活動内容や思いは全て聞き取ることはできておりませんが、神戸では体験できない5日間を過ごさせていただいたことは間違いないことだと思います。また、その思い出を作ってくださったスタッフの方々やメンバーの方に感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました。

今後も、このキャンプが継続されることを願っております。これからも末永くよろしくお願い申し上げます。

支援者1954年肢体不自由児キャンプ参加者・はんしん自立の家 片岡 實さんより

One Camp開催おめでとうございます。
いろんな人が一緒になって、互いの存在を知り、みんなで楽しむ場ですね。
ユニバーサル社会そのものだと思います。

私は神戸YMCAの余島キャンプと、その後に開かれた京都YMCAの佐波エキャンプに参加したことがあります。
なつかしいです。

帰られたらまた聞かせてください。
台風気を付けてください。
頑張ってください。

支援者はんしん自立の家 石田英子さんより

『1953年肢体不自由児キャンプから学ぶ~人間の尊厳とは何か』というタイトルで2015年11月29日に「はんしん自立の家」で勉強会が開催されました。

神戸YMCAと朝日新聞厚生文化事業団の主催による日本で最初の肢体不自由児キャンプのキャンパーだった片岡實さんと(「はんしん自立の家」の現理事長)、キャンプリーダーだった京極美栄子さん勝部洋子さんのお話を、「はんしん自立の家」の入居者の方々とともに若いリーダーのみなさんが聞かれました。そしてそこからOne Campが誕生しました。

「はんしん自立の家」もまた1953年の肢体不自由児キャンプが契機となって誕生しました。片岡實さんが、阪神間の障害のある子どもたちにもキャンプやレクリエーションの場を提供しようと大学生ボランティアを集めて、1968年に心身障害児福祉ビューロー(現ひょうご子どもと家庭福祉財団)として活動を始めました。

関西学院千刈キャンプ場や、滋賀県安曇川のキャンプ場、猪名川のキャンプ場などで様々なキャンプをしました。年月とともに成長する子供たちは学齢期を終えて次の場所が必要になりました。スタッフの手を借りながら精神的に自立を目指す「自立の家」をつくることになりました。1985年に「はんしん自立の家」がスタートしました。理事長は肢体不自由児キャンプのキャンプ長 今井鎮雄先生でした。当時のキャンプリーダーの方々は今もボランティアとして支えて下さっています。

障害のある子どもたちが地域で育てられるようにと始まった活動は、「はんしん自立の家」で障害のある人もない人もいっしょに楽しめるコンサートや講演会、様々な趣味の教室等に広がっていきました。

今から34年前に今井鎮雄先生は、保育士を育てる学校の卒業式の祝辞で「21世紀は情報化・国際化・高齢化が確実にすすみます。情報化の時代は家庭でマイコンを駆使する便利さになるでしょうが、人は孤立化を進めます。ますます人間が尊くなるはずです。皆さんは人と人との関係を守る役目をしなければならない。国際化とは豊かな人たちばかりではない。互いに助け合う必要に迫られることなのです。高齢化も弱い人を多数迎える社会です。弱い人が生きられる社会をどう作っていくか。その課題の一端をみなさんが背負うのです。」とおっしゃいました。

国籍年齢障害の有無や背景を問わずに集った多様性社会の縮図のようなOne Campは、この体現です。One Campは、我々のこれからの指標となると思います。

(余島に行ったことのない者の感想です。いつかOne Campのキャンパーとして参加したいです。)

Partners パートナー

  • 株式会社上組
  • サントリーホールディングス株式会社
  • 京都YMCA
  • 京都YWCA
パートナー企業・団体
Ladies & Gentlemen よしましよ
生活協同組合コープこうべ
兵庫県ユニセフ協会
はんしん自立の家
学校法人啓明学院
余島リーダーOBOG会
芦屋ワイズメンズクラブ
西宮ワイズメンズクラブ
神戸ワイズメンズクラブ
神戸ポートワイズメンズクラブ
三田ワイズメンズクラブ
宝塚ワイズメンズクラブ
学園ワイズメンズクラブ
香川誠陵中学校
東京都市大学付属小学校
公益財団法人京都YMCA
公益財団法人京都YWCA
北京YMCA
ピーカーブー
non-standard world, Inc
株式会社光陽社
大阪中之島ワイズウィメンズクラブ
株式会社WAPコーポレーション
エコールKOBE
カレッジ・アンコラージュ
社会福祉法人神戸YMCA福祉会
ネットワークパートナー
川中 大輔(シチズンシップ共育企画)
石田 英子(はんしん自立の家)
桒原 康通(京都府立医科大学)
井上 依子(京都YWCA)
山本 亮司(神戸YMCA)
坂本 孝司(神戸YMCA)
佐藤 香菜子(神戸YMCA)
村上 裕亮(川村グループパシフィックサプライ・余島リーダーOB)
林 夏生(富山大学・LGBT法連合会・ダイバーシティラウンジ富山代表)
福井 康代(兵庫県ユニセフ協会)
阿部 俊(啓明学院高等学校)
ロニー・アレキサンダー(神戸大学)
ロビン・ロイド(自然音楽家)
森本 崇資(キャンプディレクター)
横須賀 輝一(神戸YMCA)
佐々木 麻衣(神戸YMCA)
本下 陽一(光陽社)
海老口 恵子(カレッジ・アンコラージュ)
別所加恵(京都市里親会・京都YWCA)
実行委員
越生 寛子(関西学院大学・神戸YMCA三宮リーダー会)
山口 美弥(関西学院大学・神戸YMCA三宮リーダー会)
古川 由布子(関西学院大学・神戸YMCA三宮リーダー会)
番庄 智也(関西学院大学・神戸YMCA三宮リーダー会)
松谷 優花(関西学院大学・神戸YMCA三宮リーダー会)
竹内 文乃(関西学院大学・神戸YMCA三宮リーダー会)
吉田 茉世(武庫川女子大学・神戸YMCA西宮リーダー会)
河崎 真莉菜(武庫川女子大学・神戸YMCA三宮リーダー会)
濱松 晃大(関西学院大学)
山下 修平(神戸YMCA西神戸リーダー会OB)
大岩 雅典(芦屋ワイズ)
小牧 陽輔(関西学院大学・神戸YMCAリーダー会)
山本 歩実(関西学院大学・神戸YMCA余島リーダー会)
大屋 恵渡(京都YMCAリーダー会OB)
事務局
中村 彰利(京都YMCA)
山本 知恵(京都YWCA)
阪田 晃一(神戸YMCA)

*順不同、敬称略